人の悩みは尽きないものです。
悩みの多くは他人との比較から始まります。
目や鼻や口、あご、眉毛、腕、足、腰まわりなど、体の一部分でも他の人と比較してコンプレックスを持つものです。
しかし、本当に比較すべきは、目に見えるものではなく、目に見えない「心」かもしれません。
この「心」にこそ、外見を輝かせる秘密があるとしたら、みなさんはどう思いますか?

大川隆法総裁の教えの中から、身体コンプレックスに関する悩みを解きほぐすための心の処方せんを選びました。

 

INDEX

 

心が変われば、外見も変わってくる面がある

本当は、心が変われば、外見も変わってくる面があるのです。

私は、宗教の教えとしてそれをよく説いているのですが、人には、「思いの力」によって、体の各器官から体の表面、外見まで、かなりコントロールできるところがあります。

また、「美人かどうか」といっても、「客観的に、“モンタージュ写真”風に美人である」ということと、「他の人がその人を美人と感じる」ということには、実は違いがあるのです。

やはり、人間は、ある程度、霊的な存在であり、相手から“発散”されているものを感じ取ってしまうところがあるため、男性であれ女性であれ、平凡な顔であっても元気はつらつとしていると、周りも何となく元気になってきたり、明るくなってきたりします。すると、実際よりもずっとよい人で素晴らしい人のように見えることもあるわけです。また、「外見的な年齢」だけでなく、「心の年齢」もあります。

あるいは、役者のようにはできなくても、彼らが役をつくるように、「各人が自分の人生の主人公だ」と思い、「自分を自分で操れる」「自分自身を操縦できるのだ」という心の法則をしっかりつかむことで、自分を変えていくことはできます。

大川隆法著『人生の迷いに対処する法』より

 

持ち物や服装・髪型などでアクセントを付けて、自己イメージを変えたり、“ウィル・パワー”(意志の力)で、人生が変わることがある

持ち物や服装・髪型などでアクセントを付けて、自己イメージを変えたり、“ウィル・パワー”(意志の力)で、人生が変わることがある

さらに、役者ではありませんが、「自分はこういう人間なのだ」と、ある意味での自己催眠をかけることも大事だと思うのです。

決して悪いほうに考えるのではなく、例えば、「このように変わっていきつつある」「毎日よい方向に変わっているのだ」と自己催眠をかけていくと、だんだんそういう雰囲気が出てき始めます。そうしたことが大事なのです。(中略)

「独立運があって、トップになる運命だ」と言われたら、印鑑一つでもそのように「自己イメージ」を変えることができるわけです。

ただ、それが印鑑ではなく、ネクタイやブローチ、服、髪型など、何であろうと本当は構わないのでしょう。何かで自己イメージを変えることはできるし、アクセントを付けて自分の考え方を変えるなど、“ウィル・パワー”(意志の力)によって、人生が変わることはあるだろうと思うのです。(中略)

必ずしも外見がよいから人気が出るとは限らないでしょうし、内容に「強い意志の力」や「思いの力」、「誠の力」があれば、人は外見だけでは見ないところもあるわけです。(中略)

「心の姿」は外に出てきます。たとえ、同じ親から生まれて、同じような外見であっても、「魂の力」が違えば、全然違ったように見えるということです。

大川隆法著『人生の迷いに対処する法』より

 

“世界の恋人”になる必要はないので、
自分の持ち味を出していければよい

「自分がもてないから、整形を受けたい」と思っている人は、毎日、「自分はもてる、もてる、もてる、もてる」というイメージを持つのが大事だと思います。そのように思っていると、不思議とそう見えてくるものなのです。

また、必要なことは、「たいていの人の場合、全人類にもてる必要はない」という考えでしょう。全人類にもてる必要はなくて、特定の人にもてればよいわけです。それで満足ではないでしょうか。

少なくとも、家族や同僚、あるいは、自分の好きな人など、一部の人にもてればそれで十分であり、一般の人には、全人類にもてて“世界の恋人”になる必要などありません。そこまで男女とも美しくなる必要はまったくないのです。もし、“世界の恋人”になったら、逆の意味で結婚もできないでしょう。本当に大変なことになります。

いずれにせよ、自分は特定の人に愛されればよいわけですから、「自分の持ち味」をできるだけ出していけばよいのです。それで相手に好感を持たれたり、美しいと感じてもらえたりするかどうかは分かりませんが、そういうところに自分を持っていくことが大事だと思います。

大川隆法著『人生の迷いに対処する法』より

 

隙のない完璧な美人よりも、弱点やミスがチラッと見えるほうが魅力的で愛されることが多い

隙のない完璧な美人よりも、弱点やミスがチラッと見えるほうが魅力的で愛されることが多い

美人すぎる女性の場合は、わざと、ちょっとドジなところをつくるなどして、何か隙をつくることが、男性を引き込むコツであり、同性からも好感を持ってもらえるコツにもなるので、少しだけ弱点を見せることです。チラッチラッと服の裏側を見せるように、弱点をチラッと見せることが、人間関係を良好に保ちながら、評判を上げていくコツではあるわけです。

やはり、隙のない男性も、隙のない女性も、ある意味で、“完璧ではない”のです。完全無敵で、完全武装しているのが「本当の完璧」と思いがちですが、そうではありません。「本当の完成した美」というのは、少し欠けているものがあるのです。

これは、利休のお茶とも似ていますが、茶碗とかが少し欠けているとか、ヒビが入っているとか、こんなものに味わいがあって、ピシッと出来上がっているものには、それほどの「究極の美」はありません。

それと同じく、人間も、「あの人は、ここがもう少し直れば完璧だと思うのに、ちょっと弱点だな」というところが、実は魅力なのです。(中略)

「あ、この人には、こんな欠点があったのか」というようなところで、ホッとすることがあるので、そういうところを見せたほうがよいかと思います。「まったく欠点のない人には、人は、そんなに惹かれない」ということも、知っておいたほうがよいでしょう。

大川隆法著『人生の迷いに対処する法』より

 

欠点がたくさんあっても、一点突破で光が出てくれば、ほかのものが隠れてしまうこともある

欠点がたくさんあっても、一点突破で光が出てくれば、ほかのものが隠れてしまうこともある

ですから、完璧は求めないでください。少し隙があるぐらいのほうが魅力があるのであり、弱点だと言われたようなことが、弱点でなくなることもあるのです。

どこかで一点突破して、圧倒的に「強み」を発揮した場合には、その「弱点」が隠れてしまうところもあります。どこかから“強い光”がほとばしり出た場合には、ほかの弱点など、全部すっ飛んでしまうわけです。

例えば、アメリカで、「かっこいい大統領」といえば、ケネディなどがすぐに思い浮かびますが、ケネディは、イングランド系のプロテスタントではなく、アイルランド系のカトリックであり、実は、アメリカでは、マイノリティー(少数派)です。

また、ハーバード大学に入ってはいますけれども、学校の成績がよくてハーバードに入れたわけでもありません。学校の成績はいまひとつだったのですが、彼には、クラブ活動などでチームをまとめたり、校内をまとめたりするようなところで非常に力があったため、面接したハーバードのOBが「学力はもう少しだけれども、人間的に魅力がある」と推してくれたこともあって、ハーバードに入れたわけです。そのように、学力で入れたかどうかは怪しいものの、ハーバードに入学することができたのです。

彼は、右脚と左脚の長さが少し違っていたため、実は足を引きずっていたこともあったはずですが、そんなことに気がついた人は、おそらく、ほとんどいないでしょう。やはり、今でも、スタイリッシュでかっこよく、若々しい大統領のイメージがあります。

ところが、実際は、そういう欠点を持っていて、本当は、頭もそれほどよかったわけでもなく、スポーツ選手のように見える一方で、実は脚の長さの問題もあったわけです。(中略)

そういう意味で、「人は、自分の欠点を努力によってカバーすることもできるのだ」ということを勉強したほうがよいですし、「何かほかの欠点がたくさんあっても、一点突破で、すごい光が出てくれば、ほかのものが隠れてしまうほど眩くなることもあるのだ」ということです。

大川隆法著『人生の迷いに対処する法』より

 

ファッションは、自分を表現する方法の一つであり、いかに表現するかで人生の可能性の幅も広がる

「人間は、もともと、裸になれば何も着けていないので、ファッションに関しては、ほぼ百パーセント近い自由性を与えられている」ということを知るべきでしょう。むしろ、それを使って、自分を変えていくことができるのです。

要するに、人間は、赤ん坊として裸で生まれてきたときの姿で完成しているわけではありません。

もちろん、魂的には“中身”ということになるのですけれども、実際は、その魂を表現するのに、「礼儀作法」や「話し方」、「話す内容」等も入ってきます。さらには、「外見」というものも、大きな要素を占めているのです。

例えば、人と交際していく場合、そうした第一印象等の影響はそうとう大きいでしょう。やはり、「自分をどう表現するか」で、その人自身が分かるところはあります。ただ、それが、「人間の可能性の幅」だと思うのです。(中略)

女優さんなどを見ても分かるとおり、「(外見を)どのようにつくるか」によって、職業まで変わってしまうのです。ナースにすることもできれば、学校の先生にすることもできるし、農家の嫁にすることだってできます。着ている服や格好で変えられるわけです。

それを見れば、やはり、ファッションは自己表現の一種であり、「自分をどのようにアイデンティファイ(本人確認)してもらうか」ということだと思います。

したがって、「ファッションは、自分を表現する手段の一つなのだ」と思ってください。

「他の人の群れのなかに入ると、自分の位置がどうなるか」を考えたときに、あなたの自己表現が、ほかの人に好ましく思われ、多少なりとも社会の前進につながるようなものであればよいと思うのです。

大川隆法著『ファッション・センスの磨き方』より

 

円形脱毛症

 

恨まれると、毛が抜けて「円形脱毛症」になることもある

恨まれると、毛が抜けて「円形脱毛症」になることもある

呪いの映画には、「貞子」だとか、「伽椰子」だとか、いろいろ出てきますけれども、あれは、映画として典型的なかたちで描いてはくれています。思いの世界は映像になかなかならないため、現実のようにしてくれているわけです。ただ、そうしなくても、霊界では、あのようなかたちになっていることは、けっこうあります。そうすると、どうなるかということですが、身体に不調が現れます。

例えば、女性を醜く見せるものとして、まずは、「毛が抜ける。禿げをつくる。円形脱毛症にする」ということがあります。これに対しては、私も祈願(「『円形脱毛症回復祈願』―エドガー・ケイシー特別霊指導―」)をつくったことがあるので、そのいきさつを聞いている人も一部いると思いますが、「毛が抜けてきて“銭禿げ”のようになってくる」というのは、若い女性にとってはけっこうきつい話でしょう。

毛生え薬とか、刺激するとか、いろいろと手はあるものの、本当に毛が抜けるのです。他の女性から恨まれ、恨みの念などが来ていると、物理的に毛が抜けることがあるわけです。

もっとも、恨んでいる本人は、そう思っていない可能性もあるのですが、その魂の一部分が分霊となって吸いつき、固着して攻めていると、毛が抜けてきて円形脱毛症ができることがあります。

これは、医者が聞いたら、びっくりするかもしれません。唯物論的に考えると理解不能なことなので、「そんなに超能力者ばかり、たくさんいるのですか」と言って、びっくりすると思いますが、現実にあったことです。

そこで、私は円形脱毛症を治す祈願をつくって経文を書いたのですが、本人が読んでいたら、一カ月ぐらいの間に、みるみる毛が生えてき始めました。スマホで撮っておきましたが、元よりも強い剛毛のようなものがたくさん生えてきて、美容師に、「すごいですね。すごい勢いで生えてきています」などと言われるようなことがあったのです。

そのように、念が付着すると、毛が抜けるぐらいのことはあるわけです。

大川隆法著『「呪い返し」の戦い方』より

 

肥満

 

メタボ防止には歩くことが効果的

筋肉の量は、上半身よりも下半身のほうが多いので、下半身の筋肉をつけることで基礎代謝が上がり、エネルギー消費量がかなり増えるのです。

つまり、下半身を動かす運動は、脂肪を燃焼させ、余計なカロリーをたくさん消費することができるため、いわゆる「メタボ」の防止に役立つわけです。

メタボを防止するためには、基本的に、下半身から攻めていくほうがよいのです。もちろん、上半身にも筋肉はありますが、下半身に比べれば数分の一しかないので、足を使った運動のほうを重視してください。

大川隆法著『生涯現役人生』より

劣等感と嫉妬

恋に焦っているあなたへ

運命の人と出会うために

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この放送を聴いて、自殺を思いとどまった方も大勢いらっしゃいます。