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苦悩のなかを生き抜いた偉人から学ぶ

どうやって幸福に生きるかということを考えてみると、それは結局、「人生に現われてくるさまざまな苦悩と、どのように対決していくか」という問題に尽きると思います。
「人生は一冊の問題集である」という言葉で表わされるように、それぞれの人間には、その魂にふさわしい試練が与えられます。その試練をどのようにくぐり抜けていくかが、その人の真価、値打ちを決めるのです。
したがって、その人にどのような苦悩が現われているかを見れば、その人の魂修行が何であり、何を最高の値打ちとすべきなのかが明らかになるのです。
苦悩という言葉で思い浮かぶのは、あのベートーヴェンです。耳が聞こえなくなっていくなかで音楽をつくりつづけるという苦悩を考えると、ベートーヴェンのような人生を自分も送りたいとは、だれも思わないでしょうが、そこには、ひたむきに生きた人間の姿があり、魂が光っていると言えます。
また、近年ではヘレン・ケラー女史のような生き方があります。ヘレン・ケラーとナポレオンとではどちらが偉いか、あるいは、ヘレン・ケラーとゲーテとではどちらが偉いかは、一概には言えません。
英雄であったナポレオンにしても、夜、安らいだ気持ちで眠ることは少なかったでしょう。また、大文学者にして政治家でもあったゲーテも、眠れぬ夜が多かったと聞いています。「私の人生のうちで、ほんとうに幸福な日々は、ものの一カ月となかった」というような言葉を、ゲーテは遺しています。
そうした偉人たちの生涯と比べて、ヘレン・ケラーの生涯が少しも見劣りしないのは、なぜでしょうか。それは、「あれだけの苦悩を背負っていながら、彼女は、すべてのもののなかに素晴らしさを見いだそうと努力した」ということにあるのではないでしょうか。
人間は五体満足で悠々と生きていると、自分に不足しているところばかりを考えて生きるようになりがちですが、目が見えず、耳が聞こえず、言葉が話せないという状況に置かれたとき、そこにあるのは、「生きている」という事実だけでしょう。しかし、「生きていることだけでも素晴らしい」と気づくことが大切なのです。
目の見えない人は、暗闇のなかで音だけしか聞こえないという夢を見ることがあるそうですが、そうした人も、人間として生きていることには変わりがありません。そのような状況においても、生きることのほんとうの意味をつかみ取っていくことができるのです。
みなさんは、ときおり、そうした苦悩のなかを生き抜いた人の人生を手本にしながら、わが身を振り返ってみなければなりません。
みなさんの苦悩の原因は何でしょうか。それは意外にささいなことである場合が多いのです。たいていは感情の問題です。みなさんは、自分の気持ちと他人の気持ちとの調整がつかなくて、苦しみをつくっていることが多いのではないでしょうか。苦悩の原因の大部分は、自分と他人とのかっとうにあるのです。
しかし、単に自分を他人と比較するだけでは、人生の苦悩は永遠に解決できません。なぜなら、どの人も、過去を振り返ったり、身辺を見回したりしてみると、うらやましく思える人が必ずいるはずだからです。

大川隆法著『不動心』より